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タナトフォビア(死恐怖症)を克服する方法

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死の恐怖と向き合う視線

前回書いた死ぬのが怖いのを克服した経験について語るでは、僕がタナトフォビア(死恐怖症)を発症したときから、克服するまでの経験を話した。今回は「死ぬのが怖い」のを克服するための方法について解説するね。死の恐怖に悩んで、そればっか考えちゃって、日常生活でポジティブになれない人の参考になれば嬉しいです!

怖い
死ぬのが怖いのを克服した経験について。大丈夫、みんな乗り越えられるから!

この記事では僕自身が死ぬのが怖いのを克服した経験を話すね。高校3年生の冬だった。大学受験で必死にもがいて勉強してるときにその症状に取りつかれた。「死ぬのが怖い」ふとしたきっかけで死について考えるようになって、考えが段々とエスカレートしていった。最終的に僕の場合は「ある光景」を見たことで色々と考えが変わって、自分としては奇跡的に救われることができたんだけど。それでも、半年くらいの間は本当に辛くて、病 ...

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はじめに知っておいてほしいこと

前提となること

死の恐怖の克服方法の前に知っておいて欲しいことがある。以下で話すことは、死の恐怖を克服するために重要なことだから、読み飛ばさないでね。

死ぬのが怖いのは万国共通

タナトフォビアは大昔からある。例えば宗教は、「人は死んだらどうなるのか」という恐怖から生まれた側面が大きいんです。自分の周囲の人間がなくなると、残された人達には大きな衝撃が残る一方で、死者が我々に語りかけてくれることはないね。

人が死後どうなるかというのは、生きている人が把握することは不可能。現代科学からすると、意識が無くなって無に帰るという結論になるのかもしれないけど、それを証明することはできないよね。誰も死後の世界から蘇ったことがないから当然だよね。

もしかしたら輪廻転生して今の自分があるのかもしれないけど、記憶がないから真相は不明なまま。稀に前世の記憶があるという人もいるみたいだけど、前世の記憶が本物かを証明する手段はないんです。

繰り返しになるけど、死後の世界がどうなってるかわからないから、現世での不安をなくすために宗教というものができました。宗教や神様の概念が存在しない地域はない。死の恐怖はあらゆる時代、あらゆる場所で共通のマターってことになります。

タナトフォビアを消し去ることは不可能

今の宗教の話を読んでくれればわかると思うけど、死後の世界を解明することはできない。解明できないからこそ、神様という絶対的な存在に身を委ねて、自分の死後については『信じる』ことにしているんだね。

僕たちがこの世に生まれる遥か以前から人の死後については考えられてきたけど、死後の世界は依然として分からないことだらけ。いくら考えても仕方ないから、生きてるうちの不安や恐怖を打ち消すために信仰が精神の救いになってきたんだね。

タナトフォビアを完全に消し去ることは不可能。なぜなら人には定められた寿命があって、天寿を全うする前に自分が死んだ後のことを知ることはできないからね。

そしてそれは、不老不死の人間が誕生しない限り、全人類が抱える共通の問題ってことになるね。あなた独りの特別な悩みではないってこと!人間誰もが「人は死んだからどうなるのか」ということについて尋常じゃない不安を抱いているんです。

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タナトフォビアを克服するために

思考する人の視線

だったら、死ぬのが怖いのを解決するためにはどうしたら良いんだろ。タナトフォビアを克服するためには、悩みを抱えてる人自身が、日常生活で怯えないように考え方を変えるしかないね。

「どうせ死ぬ=生きていても意味がない」は違う

僕も、若いときはこういう考えに陥りそうになった時もあった。自分はいつか死ぬ、死んだ後は土にかえる、土に帰っても太陽に飲み込まれて地球はなくなる、みたいに思考がエスカレートしていって、「仮に輪廻転生して生き返っても駄目じゃないか」って悲しくなった。

そうなると、どうせ無になるなら生きる意味って何?と考えてちゃう。でも、それは独りよがりな考えだね。

自分自身が生きてても意味がないと思ってても、周りの人間にとって自分は「生きていなければいけない存在」かもしれないし、「人生に意味なんてない」と考えるのは生んでくれた母親に失礼だよね。

無数の命の連鎖の果てに自分という存在、意識が生まれました。そしてたまたま、昆虫でも爬虫類でもなく人間として生まれました。これはとてつもなく幸運なことだから、超長期的に考えると意味がないことであったとしても「生きるために生きる」のが正しいよね!

「諦めること」がゴールと考える

死の恐怖を根本的に消し去ることは不可能と言ったね。死後の世界を生きていながら知るすべがない以上、いくら考えたところで結論は出ません。

だから、結論に至る考えは色々あるにせよ、死の恐怖について『考えても仕方がない』と諦めることがゴールとなるね。

この、ゴールに至るまでにみんな苦労する!僕のように「人間として生まれただけで幸福」という考えに至ることもあれば、宗教に信仰を寄せる人もいるだろうね。死んだらどうなるのかということを考えすぎて、「考えたところで解決しない」と割り切れる様になる人もいるかもしれない。

何にしたって、相手が解決不可能な問題である以上、どこかで妥協するしかない。諦めること、割り切ることが大事なんです。前向きにね!

限りある人生も悪くない

桜の花が綺麗なのは春に花が咲くからだよね。年がら年中花が咲いていたら、綺麗だと思う人はいないし、花見なんてする人もいないだろうね。

人間の人生も同じじゃないかな。限りある時間の中で、山あり谷あり、花咲いてやがて枯れるからこそ、そこに喜怒哀楽が生まれるんでしょ。限りある時間の中で自分にできることをやろうと思うからこそ、歴史を動かす人や偉大な発明をする人が出てくるんでしょ。

残された時間が無限にある人生だったら、人は途中で考えることを止めて無に帰りたいと思うようになるんじゃないかな!

他人の意見も参考にする

タナトフォビアの人は、自分の殻に閉じこもって死について考える傾向がありますね。いくら自分の中で思考をループさせても、死という問題を根本的に解決することはできないです。自分の信頼できる人に死についてどう思うか、怖いか聞いて意見を交換したらどうかな。

単純に意見が参考になることもあるし、自分自身アウトプットすることで気持ちが楽になるよ。

人と話すと他にもいろいろな話が出るだろうしね。自分の中で思考をループさせてると気づかなかった、目の前で起こっている現実の出来事も重要なことなんだなって、気づかされるに違いないよ!

おわりに

さいごに

症状の度合いにもよるけど、死ぬのが怖いのを克服するにはそれなりに時間がかかるよ。何しろ、生や死という重要な問題について自分の価値観を変えなければ乗り越えなれないからね。

僕の場合も10代の終わりに発症して、結局解決するには半年以上かかった。その間精神病院にいって抗不安薬を飲んだりしてたが、ほぼ効果はなかったかな。

死は万人に共通のものだから、免れることはできないです。それを怯えるのは当然のこと。でも、自分だけが経験することではないよね。みんなが経験することだから、割り切ることができるよね。今は怖くても、何かのきっかけさえあれば、突然心に光がさして、割り切れるようになるから、それまでは頑張りましょう!

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