コラム

死ぬのが怖いのを克服した経験について。大丈夫、みんな乗り越えられるから!

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怖い

この記事では僕自身が死ぬのが怖いのを克服した経験を話すね。高校3年生の冬だった。大学受験で必死にもがいて勉強してるときにその症状に取りつかれた。「死ぬのが怖い」ふとしたきっかけで死について考えるようになって、考えが段々とエスカレートしていった。最終的に僕の場合は「ある光景」を見たことで色々と考えが変わって、自分としては奇跡的に救われることができたんだけど。それでも、半年くらいの間は本当に辛くて、病院に通っても治らなかったよね。同じ悩みがある人の役に立てればと思い、僕の経験を話すよ。

死の恐怖と向き合う視線
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きっかけと症状

症状

高校3年生の冬、本田美奈子の闘病生活を振り返るドキュメンタリー番組を見て、運命の残酷さと、それでも力強く生きようとする姿勢に胸を打たれました。

両親に見られると恥ずかしいから、自分の部屋にいってひっそりと涙を流したね。その夜、布団に入って眠りにつく前にふと考えたのが始まり。

「人は死ぬとどうなってしまうのか」ってね。しばらく考えた後、この日は眠りについたかな。

しばらくの間は普通に過ごすことができた。高校に行って、普通に授業を受けて、大学受験を控えていたから家に帰った後も勉強に集中することもできた。

でも、症状は段々と悪化してくる。ふとした瞬間にまた同じ考えが頭によぎるようになってくる。「人は死ぬとどうなってしまうのか」って。考える頻度はどんどん上がっていって、気づいたころにはそればかり考えるようになってたね。

歯を磨いてるとき、着替えをしてるとき、電車に乗ってるとき、授業を受けてるとき、、、思考の無限ループが始まって、抜け出せなくなった。そして、死ぬのが怖くなった。

精神病院に行っても治らない

闇

勉強にも集中できなくなったね。思い切って母親に相談したら、不思議なことに涙が出ました。たぶん相当メンタルにストレスがかかっていたのかな。この時点で正常な精神状態を失っていたね。

涙を流した後は激しい高熱に襲われる。別に風邪を引いていたわけではなかった。不思議もんで、やっぱり心身相関ってのはあって、心のダメージが身体を蝕むこともあるんだよね。

母親に話したことで楽にはなったけど、「死ぬのが怖い」っていう問題を根本的に解決することはできなかったね。

どうしようもない状態だったから、実家の近くの精神病院にいって心理テストをしてもらって、症状を楽にする薬をもらったよ。心理テストは何枚か絵を見せられて、「これが何に見えるか」を問われるものだった。

A4サイズくらいの紙に絵の具が垂らしてあって、それが二つに折りたたまれて、元に戻した状態のものを見せられる。「カラス?」とか「雲?」とかそんな感じで答えました。

薬で確かに症状はよくなったかな。ただ、薬を飲んでも根本的な問題は解決しなくて、「死ぬのが怖い」ことを考える思考のループからは抜け出せなかったんです。

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思考はどんどんエスカレート

ダーク

「死ぬのが怖い」という恐怖から、薬の効果も空しく症状はさらにエスカレートしてく。

死ぬということについて、哲学的に考えるようになってきた。自分が老いて亡くなる。自分を構成していた物質は、時が経ってやがて地球に帰る。地球があるうちはいいけど、そのうちに太陽に飲み込まれて地球も無くなる。地球がなくなったら太陽の一部になるのかもしれない。でも、太陽もいつか燃え尽きる、、、やがて宇宙にも寿命がきて、、、、という具合だね。

想像しても絶対に解決できないことを、ずっと考え続けちゃう。自分の人生とは全く関係ないところまで考えるようになっちゃって、小さい私の頭はパンクしてしまいそうになる。答えが出ないとわかっている問題に思考が支配されてしまうのは辛かったね。

そして、ひとしきり哲学的に考えた後、「死ぬのが怖い」という恐怖感が倍増してる!もう勘弁してほしかった。

完治は突然やってきた

奇跡

こんな感じだったから、勿論、現役で受けた大学受験は受からなかった。浪人して、独りで勉強する日々が始まったのです。

症状は良くならないし、もうどうしようもないと考えていたところに転機がきた!僕にとってはまさに奇跡の体験だった。それを機に、死について考えることもなくなったのだから。

とある初夏の日、午前中の勉強が終わって横浜市のとある区民センターの横にある公園でベンチに座って弁当を食べていた。そこである光景を目撃した。

蟻の行列!!

なんてことない、よくある、普通の蟻の行列だよ。今見ても何とも思わないだろうね。でも、その当時の自分は違ったんです。せっせと働く蟻の行列を見てこう思った。

蟻は女王アリのために巣に餌を運び続ける。それが彼らの仕事であり、一生なんだ。

心が何とも言えない温かさに包まれた気がしたね。今までどんよりと曇っていた世界が、明るく幸福なものになった気がした!

僕はこういう風に考えた。蟻は女王アリに餌を運ぶことに一生を捧げる。それは僕たち人間が自由であることと比べると悲しいこと。でも、彼らは恐らくそれに気づくことすらもできない。それに比べて、人間として生まれてきた自分は何て幸せなんだろう。色々考えることができるし、様々な人生の選択をすることができる。それは、とても素晴らしいことだ!人間として今生きているだけで、とても素敵な経験をしているのだと悟ったわけです。

この時から、死について考えなくなったし、考えたとしても怖くはなくなったね。18歳の時のことです。ひたすら考え抜いた挙句、蟻の行列に救われましたって若干カッコ悪いけどね(笑)

さいごに

昔お世話になった塾の先生が言っていたけど、僕のような死の恐怖の悩みを持つ人は、症状の度合いは別にしても割合沢山いるそう。中学生や高校生の時期に体験することが多いらしいね。塾の先生も、ふと青空を眺めた時、「死んだらどうなるのだろう」と若いときは考えたものだ、と言っていたね。

この症状の難しいとこは、悩みの原因が自分の頭の中だけで起こってるってこと、さっきも言っけど、解決しようのない問題が原因となっていることです。いくら考えても解決できないというのは非常に辛いことだから。

僕の場合、どれだけ考え抜いても答えは出せなかったけど、偶然にも蟻の行列を見て悟りが生まれた。でも、今考えると、あれだけ死について考え抜いたからこそ、蟻の行列に出会って救われることができたのだとも思うね。

この悩みは人に話したところで解決しないかもしれない。けど、人に話すことで少なくとも自分が死の恐怖に悩んでいるということは誰かに認識してもらえる。もし独りで抱え込んでいるとしたら、信頼できる人に悩みを打ち明けることはしておこうね。誰かに支えられているという気持ちは自分を勇気づけるから。

僕も今も悩みは沢山ある。でもそれは、18歳の時の悩みとはタイプが違う。もっと具体的で現実的な悩みです。死に関する悩みや恐怖心は大人になっていく過程で一定数の人が経験することだよ。悩んだ先には必ず明るい未来が待ってるから、今は辛抱強く日々を過ごしてほしい。

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